イースター島は、チリ海岸から3000キロ西方地点にある太平洋上の火山島です。
1250年ごろからポリネシア人が移住し、石人像、墳墓、儀礼道路、石造りの神殿、ピラミッド等、考古学上での重要な遺跡が多いです。
特に石人像は、イースター島は有名。
灰色の溶岩を材料として、石のみを用いた造った巨大な胸像は、島全域に散在。
石人像は荒削りの凹凸面で、顔の造作は雄々しく、のっぺりした目のない顔があり、額は引っ込み、顎は突き出て、薄い唇はすぼめられ、幾分、笑みを漂わせ, 鼻の先には奇妙な円盤型した覆いがかけられ、長い幅の狭い両耳が下顎まで垂れ下がっています。
そして、頭には高さ1.2~2m、直径1.6~2.7mの円筒の赤い帽子が被されていある。
古代ギリシアの哲学者プラトンが言うには、「一万年以上前、豊かな自然、金銀・宝石が豊かで、強力な軍事力を持っていたと伝えられている。
地上の楽園だったアトランティスは、大地震が起こり、一夜にして大西洋に沈んでしまった…」たと。
実際にはプラトンの創作であるという意見が有力です。
また、アトランティスは、エーゲ海のシーラ島であるという説もあります。
7世紀にカリフのアブド・アルマリクがキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地でもあるエルサレムに建てたイスラム会堂です。
黄金に輝く岩の屋根のドームの外壁は青色の石、壁の低い部分には灰色の大理石、上部は込み入ったアラベスクを刻んだ緑と青のタイルで覆われた。
イスラム会堂の中には、アブラハムが息子イサクをいけにえとして捧げようとしたとうとした巨大な岩があり、それはイスラム教の開祖です。
エジプトのカイロからナイル川をさかのぼった谷間にある王様たちの墓です。
淋しい岩山の谷間に、盗掘を逃れるために作られたという。
ファラオたちの墓があり、全部で62発見されている。
1922年にイギリスの考古学者、ハワード・カーターが発見した「ツタンカーメンの墓」、王のミイラをはじめ、黄金のマスクなど3500点が埋葬されたときのまま残ってた。
一緒に探したイギリスのカーナーヴォン卿が病死したので「ファラオの呪い」の逸話が伝わっている。
他に、棺の置かれた部屋の天井にある天体図が有名なセティ1世の墓、通路の壁面にある「洞窟の書」が見どころのラムセス9世の墓、サプタハの墓等の墓があります。
エジプト中部のナイル湖畔にある遺跡の街ルクソールには、テーベ・ネクロポリスの岩壁をくり抜いた3000年前の墓。
古代エジプト人が「永遠の家」と呼んだ貴人たちの墓です。
ラフミラの墓、センネフェルの墓、メンテの墓がある。
王族の岩窟墓や、王の再生と復活を祈る葬祭殿がずらりと並び、死の世界にまつわる遺跡が多いため、この地区はネクロポリスといわれている。
エジプトとギリシアの中間、地中海とエーゲ海の出会う所のクレタ島。
3000~4000年前に造られたと言われる、縦170m、横180mの大宮殿です。
ミノス王の妃パーシファエの色欲を満たすため牡牛と交わった結果、生まれてきた頭は牛、体は人間というミノタウロスが住んでいた。
また、迷宮と呼ばれるようにいくつもの部屋や倉庫が上下左右に配置されています。
紀元前280年頃、ナイル河口の貿易都市アレクサンドリアの沖にあるファロス島に建てられた巨大な灯台です。
その高さは最低でも120m以上もあったとされ、灯台の光は50km以上の先からでも確認できた。
形状は大部分は大理石で造られ、摩天楼のような格好で、頂部がだけが丸くなっていたという。
また伝説には晴れた日はマルマラ海の向こう側にあるコンスタンティノープルの町が反射鏡に映り、日光を反射させると、160キロ先の船を焼くことが出来た。
近年、地中海海底から灯台の痕跡とみられる遺物が発見されました。
紀元前280年頃、エーゲ海の南東部に浮かぶロードス島の港の守護神として制作された、高さ約33m、胴回り18mの青銅製の太陽神ヘリオス像です。
ヘリオスの巨像は単に最大なものばかりではなく、人によって形づくられた人間のうち、最も完全な形のものあったと言われた。
また、いつのころか、港の入口をまたぐように両足で両方の岬を踏まえ、その下を船が出入りしたという伝説が生まれたが、実際は両足をそろえていたという説が有力です。
そんな巨像も、完成後わずか66年で大地震により倒壊、800年以上も横たわったままになっていたが、今では跡形も残っていた。
紀元前353年、小アジアのカリア地方を治めていたマウソロス王の為に作成された大理石の霊廟です。
霊廟はハリカルナッソスの市の中央部の大広場に作られていました。
四角な大理石の土台に置かれ、それぞれの四隅にはギリシャ人とアマゾンの戦いを描いた彫刻帯が飾られた。
2階部分は円柱が36本のイオニア式円柱が立ち並び、円柱と円柱の間に男神と女神の立像が飾られた。
円柱の上に台輪が乗せられ、そこから急傾斜の高い24段のピラミッドが組み立てられ、その頂上には大理石造りの4頭立ての二輪馬車と、マウソロス王とアルテミシア女王の彫像が飾られた。
高さ42m、周囲123m。
この外観で、しかも純白の大理石だけを使っていたことから霊廟というよりも、ギリシャの神殿を思わせた。